お侍様 小劇場

    “子供の領分” (お侍 番外編 74)
 


  別に“子供が嫌いだ”というワケではない。
  どう接したらいいのかが判らないだけ。
  だって、
  幼い子供と一緒にいた機会というの、
  あんまり覚えていないから…。


 所謂“少子化”と、それから“過疎化”の影響か、そもそも同級生が少なかったという背景もあったその上に。そちらは…島田一族の支家という立場上の事情からだが、自宅が里の後背に控える山の中、あんまり他者を寄せぬような立地の屋敷であったため。幼いうちは屋敷からあまり出されずの箱入り同然。学齢に達して村の小学校に通い始めても、登校下校に送迎の車を用いる身だったの、名士の“お坊ちゃま”だからだと、大人の事情で糊塗されて。そんなこんなが祟った結果か、子供らだけで気ままに遊んだという記憶が、久蔵には あまりない。育ててくださった大人らが皆、規律やしきたりを尊重する、堅苦しい方々揃いだった…ということは、一片たりともなかったはずだのに。何故だか表情の硬い、言葉も少ない、寡黙で不器用、悪く言って陰気な子になってしまったこと、それをだけ、先代の木曽様はひどく心残りにしておられたそうで。

 『いやぁ、なんでじゃろうかの。
  豪気な儂らが、伸び伸びと育てたはずがのぉ。』

 育ての親があまりにちゃらんぽらんだったので、それじゃあいかんとの感覚を、逆に刷り込んでしもうたのかのと。いつまでも気が若くて悪戯好きだった木曽の総代様は、かわいい孫を語るときはいつも、そんな苦笑が絶えずにいらしたそうな。





      ◇◇◇



 暖冬と不景気と、それからそれから。オイルダラーがウハウハだった中東の某国が大凋落した煽り、突然加速した“ドル安・円高"の影響で。新年に買うからこその“福袋”なのに、中身も選べて、しかも年内にお渡し?なんてなお話は もはやお約束。冬物のバーゲンさえ12月へ前倒しとなりつつある噂も聞くほど、この冬の年末商戦は、なかなかの しょっぱさ・世知辛さらしいというけれど。

 「それでも、この雰囲気にはそれなりの風情がありますよねぇ。」

 まだまだ師走自体がその入口段階であろうに、それでも“年末・歳末”の売り出しを謡う赤い幟なんぞが、風にはためきつつ居並んでたりする商店街の雰囲気は。何故だか気持ちを浮き立たせるんですよねぇなんて。ともすりゃお祭り騒ぎを期待する子供のような、屈託のなさで微笑っての、目許をたわめるおっ母様であった日にゃ。

 「〜、〜、〜。(頷、頷、頷)////////」

 全くもってその通りですと。何をどうと言っているのかは後回しで、ただただ頷き返してしまう次男坊であっても、そこは仕方がないというもので。

 “いや、ちゃんと意味くらいは把握しておいででしょうけれど。”

 それでもね、七郎次さん。今時の高校生の男子の人が、お母さんのお買い物に付き合うところからして、どんだけお母様好き好きなのかが忍ばれるというもの。

 “う……。//////”

 まま、そんな気持ちもまた、判らないではないですが。何たって、こちら島田さんチのおっ母様と来たら、見栄えの嫋やかな麗しさのみならず、性格や器量の点でも、人から好かれて当然という素養をたんとお持ち。どういう育ちをすればそうなるものか、とことん利他的で気立てもよく、人の気持ちを察してやることにかけては、恐らくは並び立つ人なぞ居なかろうほどに、繊細にして懐ろ深い、やさしいお人。家事全般をこなせるのも、お作法とそれから武芸の基本を修めておいでなのも。元はと言えば、直接仕える御主への、忠心とか傾倒があっての結果なのだけれど。御主以外のお人へも、同じ優しさ向けられる、傾けられる。心根の暖かいところが…ただただ やあらかいだけじゃあない、柔軟でしなやかで、どんと頼れる人でもあるものだから。護ると一旦決めたなら、それが人であれ物であれ心掛けであれ、自身がどうなっても構わぬと、徹底遂行してしまうような人だから。

  その場しのぎなんかじゃあない、
  本当の優しさを体言してしまえるお人だから。

 金髪に青玻璃の双眸という、初見のご対面では ついついたじろぐほどの華やかな風貌をなさっているにもかかわらず。出会い知り合い、そのまま好きになってしまったら、忘れようとて忘れられない、罪なくらいに素敵な人だから。

 「………。///////」

 こちらはこちらで、口数が少ないのも愛想を振れないのも、可愛げなくも片意地張ってる訳でなく、ただただ不器用の度が過ぎるからだったりする次男坊さんなのへ。だって言うのに、何でも察してくださる優しい母上。幼いころから慈しみをそそいでいただき、時には彼が仕える勘兵衛へまで、庇い立てして下さるのだもの、そんな手厚さにくるまれて来たのだ、好きにならずしてどうしましょ。いつかは立場を逆転させて、自分が彼をお護り申し上げるのだと心に誓い、健気な想いを胸に秘めつつ、精進の日々をお送りなのだが。……今や勘兵衛様にさえ互角に渡り合えそな闘技をも会得し、単に腹芸で及ばないってだけなのではとの評こそ高いという現状、きっと全然気づいていないんですよ、木曽の次代様ってば。
(う〜ん)

 「へい、毎度あり。」

 どこか遠くへ呼びかけるよな、そんな売り声をひときわ張るときは、掘り出し物があるときの魚屋さんの嬉しさの現れだとか。カキのいいのと タラにブリ、上物が入ってるよと笑ったおじさん、カズノコとイクラにカニも、そろそろお正月価格になる折だが、そっちは来週まで待ってておくれな、と。ご贔屓さんである金髪兄弟へと笑いかけて下さっての、さて。

 「今夜は他に何が食べたいですか?」

 何でも作って差し上げますよ?と、にこやかに訊いて下さるおっ母様の手元から。そんな魚屋さんで買ったばかりの岩がきの包みと、土しょうがに長ネギの収まったトートバッグをさりげなく取り上げる久蔵なのも、もはや手慣れた連動で。最初のうちは“とんでもないない”という抵抗見せてた七郎次も、そんなしては却って久蔵をしょげさせると気づいて以降、すみませんとの会釈を添えて、半分だけを任せることとしておいで。こちらは白菜半切りという大物を入れた手提げを抱え、

 「カキはフライにして、
  千切りキャベツとトマト、ポテトサラダを添えるとして。
  ナスはショウガを利かせた薄味のだしで、揚げびたしにするでしょう?
  お汁ものはふんわりかき玉のにゅうめんに白髪ネギを載せて。」

 後は…あ・そうそう、ヘイさんからいただいたマグロの佃煮もありましたね、と。そんな予定を指折り並べたその上で、他に何かリクエストはありませぬかと、にっこり訊いてくださるおっ母様。この白菜をクリーム煮にしましょうか? え? そんなに食べられない? 何を仰せですよう、野菜は消化も早いでしょうに。え? シチは必ず、ベーコンだのソーセージだの肉団子だのを足す? こないだも、ココットの小鉢と見せかけて、たっぷりと鷄肉詰めたグラタンが、おまけにと出されてた? そういやそうでしたかねぇ?…なんて。どれほどの小声での応対を返しているのやら、久蔵さんは相変わらずに照れ屋さんでおいでだねぇと、周囲に居合わせた女将さんたちが、微笑ましいと見やるけど。

 「……。」

 いえいえ実は、一言も発してはない次男坊。それだのに…こうまでの“会話”をこなせる達人なおっ母様なのであり。生まれたときからのお傍づき、高階さんでもここまでゆかぬ、そんな恐るべきサトリの能力をお持ちなもんだから、

  「〜〜〜。///////」

 ただ嬉しいばかりじゃあない、時には思わぬ気恥ずかしさまで下さるお人。それでも離れがたいと思うのは、単に頼ってばかりいるからじゃあない、深い深い思慕を抱いておればこそという心持ちの発露。こんな素晴らしいお人なのに、あの島田と来たらばと。気の利かぬ素振りを故意に見せもする罰当たりぶりが、贅沢すぎて腹立たしいことこの上なしと。そんな惣領様だってのを、乾物屋の店先、ずらりと並べられた立派な日高昆布を目にした弾み、ついつい思い出した久蔵殿、ついついそのままむっかりしかけたその時だった。

 「……っ☆」

 今日は少し冷えるのでと、それぞれに微妙にデザインの違う、でも色合いはお揃いのキャメルカラーのライダージャケットを、二人して羽織って出て来た七郎次と久蔵であり。お昼前という時間帯のせいもあってのこと、少々混み合って来た市場の通路を、時に前と後ろという縦並びになったりしつつの進みようをしていたそんな折。不意に、そのジャケットの裾を“くいくい”と引かれた久蔵。何だろかと振り返ると、少々狭苦しい雑踏の風景の中、視野の随分と下の方に、黒い頭がちょこりと見えた。

 “……っ?”

 ちょいと目には見分けのつかない変化だが、それでも…彼には珍しくも“えっ”と息を引いた久蔵だったのは。それが見ず知らずの幼子だったのと、

 「う…。」

 そんな相手の目許、青みを帯びた幼い瞳を縁取る睫毛やその縁が、既にうるうると濡れていて。まだ何も言ってはないというに、それがあまりにドキリとさせられた様相だったから。4、5歳くらいの和子だろう、向こうも意外そうに息を引いたのは、おおかた久蔵を七郎次と間違えたからだろとの察しがついた。彼の愛用のトートバッグに、同じような色の頭をし、着ているのがまたお揃いの色のジャケットだもの。既に泣きかけてたほどの心境にあった坊や、ほっとしかかったのも束の間、見覚えのないお顔が振り向いて来て、ずんとびっくりしたに違いない。

 「…。」

 ただ。久蔵の側の驚きも、実は同じような種のそれだった。微妙な言いようながら、合わせ鏡のようなそれ。向こうはきっと、すとんと手掛かりを取りこぼしたような気分を招く驚きを受け取ったのだろが。こちらはこちらで、この坊やが今にも泣き出すのではないかと、珍しくも察していたその上で、えっとえっとと、心の中のあれこれを猛スピードで爪繰っていた久蔵であり。

  だって
  このお顔には覚えがあった

 隠れんぼをしていて、不意に不安を覚えた途端、どうしてだろか、胸がドキドキしちゃったあの日の自分。木曽の古めかしい武家屋敷、ガラスのはまった水屋の扉や、ガラス障子に映り込んでた、小さいころの自分のお顔。このまま置き去りにされちゃうんだと。お母さんに逢えなくなったように、今度はシチともそうなるものかと。そうと思うと怖くて怖くて堪らなかった、その不安が色濃く滲み、堅く強ばっていたお顔。それと同じだと理解出来たから捨て置けなくて。さりとて、

 「……。」

 ああ困ったな。自分は子供への接し方を知らない。微笑ってやればいいだけと、どこか何かで聞いたけど。こうまで逼迫してる子を前に、どうして微笑うことが出来るのだろか。どうしよどしよと目を見張り、だが、一つだけ思い出す。


  シチはいつもどうしてた?


 まだあっちに、木曽にいた頃。休みのたび、わざわざ来てくれた七郎次は、いつもいつもどうしてた? 今でこそその肩並べているけれど。昔は、そうそう、

 「……。」

 勢いつけた動作だったのは微妙に間違っていたけれど、それでもしゃがみこんだのは正解か。痩躯を出来るだけ小さく丸め、そのまま小首を傾げて見せると、

 「ふ、うに……。」

 小さな坊や、見る見ると目許をくしゃくしゃにしたけれど。表情の薄いお兄さんを怖がってのことじゃあなかった証拠、わぁんと泣きながら、小さな腕を伸ばしてくれた。しゃにむにしがみつき、お母さんがお母さんがとしゃくりあげる小さな温みが、こちらの胸元に頬寄せる感触は、引きはがせない膂力
(ちから)じゃないけど、引きはがせない非力でもって、こちらを黙らせる威力があって。

  ああでも どうしよか、今の自分ではまだ荷が重い。
  泣いてるこの子と一緒に、心細さに飲まれそう。

 よしよしと、不慣れな様子で小さな背中を撫でておれば。そんな久蔵の背中をこそ、ぽんぽんと叩いてくれる手があって。キョロキョロと首を回すと、二度目のキョロリで左に屈んでくれた姿が見えて。

 「亮太くんですね。」

 よく気がつきましたねと、これは久蔵へと向けて。やさしい玻璃色の双眸が微笑う。ふわりと肩をくるむ温みと、花蜜のような仄かな甘い香。ああそうだった。子供が泣くのは構わないのだと、小さかった自分を、泣くなとは言わずのいつまでも、暖かい懐ろに匿ってくれた優しい人。

 「〜〜〜。////////」

 また見つけてくれてありがとうと、含羞みの滲む眼差しを久蔵が向けたのへ。通じたからこそのそれ、なんのなんのと頬笑みを深めた、七郎次おっ母様だったりしたのであった。





       ◇◇◇



 隠れんぼを知らなかったほど、
 同世代の子供の友達が少なかったのは、
 その表情が硬いままだったから。
 それでなくとも大きなお屋敷の坊ちゃんで、
 お行儀もお作法も完璧で。
 そんなだったのが近寄り難く見えたのかも。

 そうやって頑なさに磨きがかかってた頃合いに、
 ひょいと久蔵の前に現れたのが七郎次で。
 泣いてもいいんだよ、甘えてもいいんだよと、
 どんなに諭されても動かなかった頑迷さ、
 保ったままでいた久蔵が。
 このお兄さんのお顔が、
 自分のほうまでも泣きそになってしまったのへは、
 どうしてだろうか絆された。
 こうやって泣くのですよと導かれたみたいだったし、

   それとそれから

 この人だけは困らせちゃいけないと、
 そうと思ったら、その途端。
 胸へ蓋してた何かが ことんて、
 そりゃああっさり、退いてくれたんだと思う。




 そちらもやはり、お買い物の途中でお母さんを見失ってしまった、迷子の迷子の小さな亮太くんだったらしくって。

 『此処で迷子になった子は、不思議と私のところへ寄って来るんですよね。』

 こんな成りだから、目立つんでしょうかねぇと、くつくつ微笑う七郎次だが。それは違うと、久蔵には子供らの側の心地が痛いほど判る。それもまた、ちゃんとした手配ではあろうけど。不安で堪らぬ子供の頭越し、本人の意向も聞かぬままに“探して来る”だの“此処で待たせる”だの、大人同士でのやりとりをするのじゃあなく。ちゃんと目線を下げてくれる、話しかけてくれるその上に。誰ぞに預けずの最後まで、一緒にいてくれるお兄さんなの、知っているから判るから。

  怖いのまで追い払ってくれるから、
  それでと頼るのは当たり前じゃあないか

 坊やが上着に留めてたバッジ。携帯の番号が書いてあったの、見せてもらってのかけたらすぐに、商店街の奥まった辺りから、お若いお母さんが人の波を頑張って掻き分けて現れてくれて。

 『いつもいつもお世話をおかけして…。』

 お母さんが見つかったのでと、子供にすれば当然ながら、でもでもちゃっかりと つないでたお手々を取り替えられてしまい。何度も何度も頭を下げてくださったお母さんと共に、遠ざかる小さな背中を長いこと見送るおっ母様なのへ。

 “……。”

 すがってくれたことで情が移ってのこと、あっと言う間のお別れはそれなりに寂しいものかしらなんて。そんな心情、彼のなで肩にでも、感じ取ってしまったらしき次男坊。

 「……。」

 まだまだ手のかかる 俺がいるでしょと。こっちを向いてと言いたくて、さっきの亮太くんのよに、ジャケットの裾、ついついと引けば。ハッとしたよに振り返り、

 「…そうでしたね。」

 そりゃあきれいににっこりと、微笑って下さった七郎次さんではあるものの。

 『寂しいなら甘えたいなら、
  俺がいるでしょうと言われちゃいまして。//////』

 私が随分と寂しい子供時代を送ったこと、実は知っておいでなんでしょうかしら。ああもう、どんどん大人になってくんだから久蔵殿はvvと、勘兵衛様へと報告する折、頬染めてしまうおっ母様でもあり。こんな風に時々微妙に“誤訳”されてるらしいこと、誰かいつか、ちゃんと気づくものなのでしょかしら?
(苦笑)






  〜Fine〜  09.12.06.〜12.07.


  *駿河と木曽の“特別護衛班”は相変わらずに機能しているようですが、
   ただし久蔵殿が同行する場合のシチさんの行動に関しては、
   逆に近寄ることを嫌がられているようでして。
(苦笑)
   殊に今回のような場合は、
   木曽班が駿河班を微妙に妨害したおすそうです。
(こらこら)
   その辺りのさじ加減、察する感覚の絶妙さを研ぎ澄ますことが、
   久蔵様の側近への登竜門だったりするらしいところが、
   ……やっぱり“久蔵殿ファンクラブ”っぽいでしょかね、Koさん。
(笑)

  *翌週にはクリスマスの福引で、
   上位の景品を引きまくりの勇姿が拝めそうな久蔵さんで。
   はい、もうお気づきの方もおいでかと思いますが、
   久蔵さんは来年も恐らくは高校生のままです。
   とゆことは、
   兵庫先輩も永遠の受験生かぁ。大変ですねぇ。
(おいおい)


めるふぉvv
ご感想はこちら

ご感想はこちらvv(拍手レスも)


戻る